東京高等裁判所 平成9年(行ケ)88号 判決 1998年9月17日
京都府長岡京市天神二丁目26番10号
原告
株式会社村田製作所
代表者代表取締役
村田泰隆
訴訟代理人弁理士
小谷悦司
同
伊藤孝夫
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
伊佐山建志
指定代理人
林晴男
同
鈴木泰彦
同
井上雅夫
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成6年審判第2795号事件について平成9年3月11日にした審決を取り消す。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成元年5月29日、発明の名称を「可変抵抗器」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(平成1年特許願第137047号)をしたが、平成6年1月18日に拒絶査定を受けたので、同年2月16日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成6年審判第2795号事件として審理された結果、平成9年3月11日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年3月27日にその謄本の送達を受けた。
2 本願発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)
基板に設けた略円弧状の抵抗体上に、該抵抗体の中心部を支点として回転可能な摺動子のアーム部を接触させた可変抵抗器において、
1枚の導電性薄板から、中央に略皿状の突部を有するドライバプレートと、接点部を有する略リング状のアーム部とを連結した状態で打ち抜き、前記ドライバプレートを略すり鉢状に形成すると共に、該すり鉢状部にドライバ溝部を形成し、かつ、前記連結部で180°折り返して前記突部をアーム部から突出せしめた摺動子を備えたこと、
を特徴とする可変抵抗器。
3 審決の理由
別紙審決書「理由」写しのとおり
4 審決の取消事由
各引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審決は、相違点の認定及びその認定した相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)相違点の認定の誤り
引用例1の第2図(別紙図面B参照)には、ドライバプレート16を平坦に形成し、この平坦面にドライバ溝を形成したものが図示されている。したがって、この点を本願発明との相違点としなかった審決の認定は誤りである。
(2)相違点の判断の誤り
審決は、可変抵抗器のドライバ挿入ガイド面をすり鉢状とすることは引用例2及び3に記載されている旨説示している。
しかしながら、引用例2(別紙図面C参照)あるいは引用例3(別紙図面D参照)記載の可変抵抗器のすり鉢状のドライバ挿入ガイド面は、摺動子自体ではなく、抵抗器のケーシングに形成されており、そのすり鉢状のガイド面が摺動子の上周縁に向けて狭まっているものである。したがって、これを引用例1記載の可変抵抗器に適用すると、ドライバプレート(ドライバ溝)の外側にすり鉢状のドライバ挿入ガイド面を設けることにならざるをえず、相違点に係る本願発明の構成に到達することはできない。したがって、相違点に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到できたとする審決の判断は誤りである。
なお、被告は、後記乙第1、2号証公報を援用して、すり鉢状に形成したドライバ挿入ガイド面自体にドライバ溝部を形成することは本出願前の周知事項である旨主張するが、乙第1、2号証公報記載の各ドライバプレートの構造は引用例1記載のドライバプレートの構造と異なっているから、乙第1、2号証公報記載の技術的事項を引用例1記載の可変抵抗器に適用することは不可能である。
そして、審決は、相違点に係る本願発明の構成によって得られる効果は格別のものとはいえない旨説示している。
しかしながら、本願発明は、相違点に係る構成(すなわち、すり鉢状のドライバ挿入ガイド面自体にドライバ溝部を形成する構成)によって、仮にドライバが不正確な位置に挿入されても、ドライバ溝部との係合を確実かつ容易にし、信頼性の高い抵抗値の調整を可能にする。これに対して、引用例1記載のドライバプレートに引用例2あるいは引用例3記載の技術的事項を適用したものは、平坦なドライバプレート(ドライバ溝部)の更に外側にすり鉢状のドライバ挿入ガイド面を設けることになるから、上記のような優れた効果を奏することはできない。
以上のとおり、相違点に関する審決の判断は誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 相違点の認定について
原告は、引用例1記載のドライバプレートは平坦に形成されたものであり、この平坦面にドライバ溝が形成されているのであるから、この点を本願発明との相違点としなかった審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、引用例1の明細書にはドライバプレートが平坦であることは全く記載されていないから、原告の上記主張は失当である。
2 相違点の判断について
原告は、引用例2あるいは引用例3記載の可変抵抗器のすり鉢状のドライバ挿入ガイド面は、摺動子自体ではなく、抵抗器のケーシングに形成されているから、これを引用例1記載の可変抵抗器に適用すると、ドライバプレートの更に外側にすり鉢状のドライバ挿入ガイド面を設けることにならざるをえず、相違点に係る本願発明の構成に到達することはできない旨主張する。
しかしながら、引用例2及び3記載の技術的事項(すなわち、可変抵抗器のドライバ挿入ガイド面をすり鉢状にすること)を引用例1記載のドライバプレートに適用するということは、別紙図面B第2図に図示されている溝部19の水平部分をすり鉢状に立ち上げることであるが、これは相違点に係る本願発明の構成にほかならない。
そして、すり鉢状に形成したドライバ挿入ガイド面自体にドライバ溝部を形成することは、例えば、昭和58年実用新案出願公開第187105号公報(以下「乙第1号証公報」という。)あるいは昭和63年実用新案出願公開第77308号公報(以下「乙第2号証公報」という。)に記載されているように本出願前の周知事項であるから、相違点に関する審決の判断に誤りはない。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 甲第2号証(公開公報)によれば、本願発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面A参照)。
(1)技術的課題(目的)
本願発明は、可変抵抗器、特にチップタイプの半固定可変抵抗器に組み込まれる摺動子の形状に関するものである(1頁左下欄18行ないし20行)。
この種の可変抵抗器の摺動子のドライバ溝部は、幅がほぼ0.5~0.6mm、長さがほぼ2.2~2.6mmであり、ドライバ溝部とドライバとの隙間はほぼ0.1~0.2mmしかないので、手動調整の場合は多くの作業時間を要し、また、自動調整の場合は高価な認識装置が必要であるうえ、調整の信頼性にも問題がある(1頁右下欄14行ないし2頁左上欄8行)。
本願発明の目的は、ドライバ先端の挿入性が良好な摺動子を備えた可変抵抗器を提供することである(2頁左上欄12行ないし15行)。
(2)構成
上記の目的を達成するため、本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁左下欄5行ないし15行)。
(3)作用効果
本願発明によれば、ドライバの挿入性が向上するので、手動調整の場合は作業時間を短縮でき、また、自動調整の場合は高価な付帯装置を要することなく、信頼性の高い調整が可能である(3頁左上欄20行ないし右上欄7行)。
第3 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 相違点の認定について
原告は、引用例1記載のドライバプレートは平坦に形成されたものであり、この平坦面にドライバ溝が形成されているのであるから、この点を本願発明との相違点としなかった審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、甲第3号証によれば、引用例1記載の発明の特許請求の範囲には「中央に略皿状の突部を有するドライバプレート」(1頁左下欄8行、9行)と記載されているのみで、それ以外のドライバプレートの形状(あるいは、ドライバ溝の形状)は規定されていないことが認められ、また、発明の詳細な説明にも、ドライバプレートを平坦に形成し、この平坦面にドライバ溝を形成することは何ら記載されていないことが認められる。したがって、引用例1記載の発明の一実施例を図示している別紙図面Bの第2図を論拠とする原告の上記主張は、引用例1記載の技術内容が同図に図示されているもののみに限定されることを前提とするものであって、失当である。
2 相違点の判断について
原告は、引用例2あるいは引用例3記載の可変抵抗器のすり鉢状のドライバ挿入ガイド面は、摺動子自体ではなく、抵抗器のケーシングに形成されているから、これを引用例1記載の可変抵抗器に適用すると、ドライバプレートの更に外側にすり鉢状のドライバ挿入ガイド面を設けることにならざるをえず、相違点に係る本願発明の構成に到達することはできない旨主張する。
しかしながら、審決の判断内容によれば、審決は「可変抵抗器において、ドライバー等の挿入を容易にするために、ドライバー等の挿入ガイド面をテーパ状、つまりすり鉢状とする」技術が本出願前の周知であったことを示すために引用例2及び引用例3の記載を援用しているのであって、そのドライバー挿入ガイド面を「ケースの開口部の内周面」あるいは「ハウジング」に形成することまで援用しているのではないと解すべきである。したがって、引用例2及び3記載の技術的事項(すなわち、可変抵抗器のドライバ挿入ガイド面をすり鉢状にすること)を引用例1記載の可燃抵抗器に適用するということは、別紙図面B第2図に図示されているドライバプレート16をすり鉢状にすることと考えるのが当然であって、原告主張のように、ドライバプレート16の更に外側にすり鉢状のドライバ挿入ガイド面を設ける構成は不自然といわざるをえない。
そして、別紙図面B第2図に図示されているドライバプレート16をすり鉢状に形成する以上、溝部19がすり鉢状部に形成されることになるのは当然であるから、相違点に係る本願発明の構成は当業者が必要に応じて容易に想到できたとする審決の判断は正当である。
なお、原告は、本願発明は相違点に係る構成によってドライバが不正確な位置に挿入されても、ドライバ溝部との係合を確実かつ容易にし、信頼性の高い抵抗値の調整を可能にするが、引用例1記載の可変抵抗器に引用例2あるいは引用例3記載の技術的事項を適用したものは、そのような効果を奏すことができない旨主張する。
しかしながら、原告の上記主張は、引用例1記載の可変抵抗器に引用例2あるいは引用例3記載の技術的事項を適用すると、ドライバプレートの更に外側にすり鉢状のドライバ挿入ガイド面を設けることになるという誤った前提に立つものであるから、採用の余地がない。
第4 以上のとおりであるから、本願発明の進歩性を否定した審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような違法はない。
よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年9月1日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙図面A
<省略>
10…基板、12…抵抗体、15…摺動子、16…ドライバブレート部、16a…突部、17…アーム部、17a…接点部、18…連結部、19…ドライバ溝部、33…ドライバ.
別紙図面B
<省略>
10…基板、12…抵抗体、15…摺動子、16…ドライバブレート部、16a…突部、17…アーム部、17a…接点部、18…連結部、20…端子.
別紙図面C
<省略>
1…絶縁基板、1a…集電電極、1b…抵抗体、2a、2b、2c…リード端子、3…摺動子、4…ローター、6…樹脂、15…ケース
別紙図面D
<省略>
2…ハウジング 4…ロータ、
5…孔部 7…目盛部
16…ハウジンダ上面 18…テーパ部
理由
[1]手続の経緯・本願発明の要旨
本願は、平成1年5月29日の出願であって、その発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された下記のとおりの
「1.基板に設けた略円弧状の抵抗体上に、該抵抗体の中心部を支点として回転可能な摺動子のアーム部を接触させた可変抵抗器において、
1枚の導電性薄板から、中央に略皿状の突部を有するドライバプレートと、接点部を有する略リング状のアーム部とを連結した状態で打ち抜き、前記ドライバプレートを略すり鉢状に成形すると共に、該すり鉢状部にドライバ溝部を形成し、かつ、前記連結部で180°折り返して前記突部をアーム部から突出せしめた摺動子を備えたこと、を特徴とする可変抵抗器。」
であるものと認める。
[2]引用例
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭63-88805号公報(以下「引用例1」という。)、実願昭60-143800号(実開昭62-51709号)のマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)および特開昭61-259505号公報(以下「引用例3」という。)には、それぞれ次の事項が記載されている。
引用例1
「基板10に設けた略円弧状の抵抗体12上に、該抵抗体12の中心部を支点として回転可能な摺動子15のアーム部17を接触させた可変抵抗器において、
1枚の導電性薄板から、中央に略皿状の突部16aを有するドライバプレート16と、接点部17aを有する略リング状のアーム部17とを連結した状態で打ち抜き、前記ドライバプレート16をアーム部17の外径よりも若干大きく成形すると共に、該成形部に溝部19を形成し、かつ、連結部18で180°折り返して前記突部をアーム部から突出せしめた摺動子を備えた可変抵抗器。」(第2頁上段右欄第13行目乃至同頁下段左欄第13行目、第1図乃至第6図参照)
引用例2
「ケース15の開口部15aの内周面にドライバー8の導入を容易にするための傾斜15cを形成した可変抵抗器。」(第4頁第3行目乃至第5頁第10行目、第1図A・B参照)
引用例3
「ドライバ等が迅速且正確にネジ溝に挿入できるように、ハウジング上面16に設けた目盛部7よりロータ4を収容するハウジング孔部5方向に傾斜するテーパ部18を成形した可変抵抗器。」(第2頁左欄第1行目乃至同頁同欄第8行目参照)[3]そこで、本願発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、引用例1に記載された発明の「溝部」は、本願発明における「ドライバ溝部」に相当し、両者は、
「基板に設けた略円弧状の抵抗体上に、該抵抗体の中心部を支点として回転可能な摺動子のアーム部を接触させた可変抵抗器において、
1枚の導電性薄板から、中央に略皿状の突部を有するドライバプレートと、接点部を有する略リング状のアーム部とを連結した状態で打ち抜き、前記ドライバプレートを適宜形状に成形すると共に、該成形部にドライバ溝部を形成し、かつ、前記連結部で180°折り返して前記突部をアーム部から突出せしめた摺動子を備えた可変抵抗器。」で一致し、以下の点で相違する。
相違点;
ドライバプレートの成形において、本願発明ではドライバプレートを略すり鉢状に成形し、すり鉢状部にドライバ溝部を形成しているのに対し、引用例1に記載された発明では、ドライバプレートをアームの外径よりも若干大きく成形し、成形部にドライバ溝部を形成している点。
[4]上記相違点について検討する。
引用例2には、ドライバーの導入を容易にするために、ケースの開口部の内周面に傾斜を形成したことが、また、引用例3には、ドライバ等が迅速且正確にネジ溝に挿入されるために、ハウジング孔部方向に傾斜するテーパ部を成形したことがそれぞれ記載されている。即ち、可変抵抗器において、ドライバー等の挿入を容易にするために、ドライバー等の挿入ガイド面をテーパ状、つまりすり鉢状とすることは、従来周知であるから、前記引用例1に記載のドライバプレートの形状を、本願発明のように略すり鉢状とし、すり鉢状部にドライバ溝部を形成することは、当業者が設計に際し格別の発明力を要することなく必要に応じて容易に想到できたものである。
そして、本願発明が上記構成を採ることによりもたちされる効果は、引用例1に記載された発明および周知技術から当業者が予測し得るものであって格別のものとはいえない。
[5]以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1に記載の発明および周知技術に基づいて、当業者が容易に発明できたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。